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 君が偶像になる前に


 不躾な視線を感じたのは、沢田綱吉の額の炎が音を立てて消え、崩れ落ちた瞬間だった。
 軽い頭が落ちる先に大きな石があったから、仕方なく手を伸ばしてやった。さほど負荷もなく腕に収まった身体を、適当に地面に転がしておく。朝方小雨が降っていたから、木陰の辺りは少し湿っているかもしれないが、濡れる程でもないだろう。そしてこの子供は案外丈夫だ。壊れ物のように扱ってやる気はない。
「目障りなんだけど」
 不愉快な視線の主に向け、少しだけ殺気を向けてやる。折角今日は赤ん坊に頼まれて、最近めっきり強くなった子供の修行、という名の全力の闘いだった。半日やりあって体力切れでダウンされたのにはがっかりしたが、それまでは楽しめた。機嫌がいいのを自覚していたのに、最後の最後で台無しだ。
 クフフ、といつ聞いても悪趣味な笑いと共に、大気の湿度を寄せ集めるかのように霧が形を成す。現れた六道骸は三叉槍を手に、いつもの笑みを唇に刷いていた。
「そう邪険にするものでもないでしょう」
「何しにきたの」
 会話をするつもりはない。さっさと立ち去れ、という意図を隠しもせずに睨めつけると、怖い怖い、と肩を大げさに竦めてみせた。
「いえ、ただの野次馬ですよ」
 雲雀恭弥、と名を呼ばれる。返事をしてやる義理はない。唇を引き結び、転がした沢田へと手を伸ばす。まだ日は落ちていないから、もう少ししたら起こしてもう一度闘ってもいいと思っていたのに、気が削がれてしまった。
「あなた、ボンゴレを殺してしまってもいいと思っているでしょう」
 修行だと聞いていたんですがね、と厭味ったらしく続けられた言葉に更に不快感が増した。いつから覗いていたのかと思ったが、気配に雲雀が気付かないはずはないから、おそらく終了直前の一撃を目にしたのだろう。
 野次馬と言いながら、僅かに批難の色を眦に浮かべている相手が心底煩わしかった。
 だが楽しかった戦闘の余韻をかき消してトンファーを向けたところで、今日はするりと逃げられる気配がする。雲雀の相手をするつもりはないが、口は挟みたいといったところか。
 沢田を叩き起こそうとしていた手を止め、視線だけ六道骸に投げてやる。
「僕に殺されるようならいつか他の人間に殺されるよ」
 雲雀に殺されるということは、この子供の可能性も限界だということだ。
 その上詰まらない草食動物に殺されるなんて面白くない。それくらいならば雲雀がこの手で殺す。多分がっかりして、こんなものかと思って、それでもムカつきはしないだろう。
 いつかが今になるだけの話だ。
「僕は君とは違う。小動物が何かを変えることなんてどうでもいい。重要なのはどう変わるか、それだけだ」
 六道骸が僅かに目を見開いた気配に、雲雀は少しだけ留飲を下げた。
 マフィア風情がだの憎しみがだのうだうだ言っているが、この男は結局、沢田が変えてくれることを望んでいる。自分が憎んだ世界を、マフィアの闇を、────あるいは自分自身を。背負わされていく期待に沢田が削れても、潰れても、ここまでかと嘯きながらも彼ならばもしかして、きっと、なんて信じるのだろう。その希望が沢田綱吉を殺さないし、殺せない。
 だから余計にこの男がムカつくのだ。

 雲雀は沢田が変わることを望んでいる。今地べたに転がされて、眉間に皺を寄せて、丸まって眠る小柄な子供が変化することを望んでいる。
 だがそれは沢田自身、そのものでなければならない。
 一部分でも偶像になった沢田綱吉なんて、何の意味もない。
 だからいっそ────殺してやりたい、と思っているのかもしれなかった。

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殺意≒愛

(18.06.24)


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